
子ども時代の家族写真。
山あいで育った、次男坊。
父は自動車整備士、母は保育士。兄と妹の間の次男として育ちました。幼い頃に祖父母の近くへ移り、自然の中で過ごしました。
祖父からは、小学校6年生まで書道を習いました。今も文字を書くのが好き。その原点は、祖父と過ごした時間にあります。

父は自動車整備士、母は保育士。兄と妹の間の次男として育ちました。幼い頃に祖父母の近くへ移り、自然の中で過ごしました。
祖父からは、小学校6年生まで書道を習いました。今も文字を書くのが好き。その原点は、祖父と過ごした時間にあります。

6歳から始めたサッカー。中学ではチームで中国地方を制し、全国大会ベスト16へ。高校でもサッカー部で活動しました。
仲間と何かを成し遂げる喜びも、思うようにいかない悔しさも経験した時間でした。

ものをつくることが好きで、千葉大学で建築を学びました。アルバイトで資金をつくり、約4か月間、欧州を旅したことも。建物だけでなく、その背景の文化や制度へと関心が広がりました。
卒業後は、建物ができる過程を知りたいと考え、現場監督の仕事へ進みました。

大学卒業後は、建設会社で現場監督として働きました。写真は、その頃の建設現場での一枚です。
建設現場で人や工程を動かす経験を重ね、次に、事業全体の進め方に関わるプロジェクトマネジャーの仕事へ。
その後のキャリアを見る ↓2014年、外資系の不動産・建設会社へ転職。企業の施設整備や、自治体と民間が協力する事業などに、プロジェクトマネジャー・アドバイザーとして携わりました。
予算・契約・工程・関係者の調整を通じて、事業を前に進める仕事です。社内では部門の経営にも関わりました。
長男が生まれた年に、鶴見へ。三ツ池公園を散歩したり、自転車で出かけたり。やがて家族が増え、3人の息子と公園で遊ぶ日々に。
子どもたちが大人になる時代を具体的に考えるようになったこと。それが、社会や政治に向き合う一つのきっかけになりました。



地域のサッカークラブでの活動も、日々の暮らしの一部です。写真は、三ツ池公園でのクラブ活動の様子です。



2019年、横浜市会議員選挙に初めて立候補しましたが、当選には届きませんでした。
その後も、地域スポーツ団体の代表など地域の活動を続け、次の挑戦へと歩みを進めました。
落選後、当時の言葉でつづった記事 ↗
2度目の挑戦で、横浜市会議員に初当選。暮らしの声を聞き、現場に足を運び、議会で問い、途中経過も伝える活動に取り組んでいます。
2023年4月1日、鶴見駅西口での演説を見る ↗現場の困りごとから課題の本質を捉え、全体と将来を見通す。関係者の専門性や力をつなぎ、解決まで進める。それが、柏原すぐるの考える議員の仕事です。
困りごとを聞き、現場と事実を確かめる。背景にある原因まで考えます。
制度や予算、ほかの課題とのつながり、将来への影響を見通します。
市民・行政・専門家・地域の担い手と協力し、役割をつなぎ、実行へ進めます。
進んだことも、残る課題も共有。
その後の声を聞き、確かめながら、取り組みを改善していきます。