無意味を乗り越えて意味を持たせられるだろうか

年の瀬を迎えるに連れて、今年を振り返る機会が増えますね。

私自身は昨年の10月にあたらしい党の結党記者会見に立ち会って以来、2019年に至っては特に4月の選挙に至るまでは多くの方に支えていただきました。

選挙後にオンラインメッセージだけで一度もお会いできていない方が多くこのままでは年は越せないと思い立ち、今更ではあるものの直接連絡をして、お礼を伝え会話をする機会を設けています。

そして、今日は政界に長くいる方からこんなプレゼントももらいました。

「政治への関心を喚起する社会活動」「青春」と割り切るならよいが、原理的に無意味としか思えない。

うんうんと頷きながら、いろんな思いが込み上がって来ることを認めざるを得ませんでした。

…まぁ過去には戻れないですし、それなりのリソースやエネルギーを割いたことが”無意味”であるとは人間の性としてなかなか受け入れることができません。むしろ意味付けして自己肯定的に捉える向きがあります。

とはいえ、現実的に政治的に何か実を生んだかと言われれば、答えはNO。

理想論を語るのは簡単。現実や実態を正面から受け止めて初めて、何か具体的な意味を生むアクションに代わっていく。

今日の会話をそんなふうに整理しています。

ちょっとしみじみした取り留めもない話ですが、今日はここでさっぱり終わりたいと思います。

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