子どもと過ごす時間はコストなのか宝なのか

いよいよ2020年を迎えました。東京開催のオリンピックイヤーでもあり、景気後退局面に変わるなどと何かとエポックに語られた年でもあります。

我が家は年末を実家のある広島で過ごし、年越しを横浜の自宅で迎えました。

年を明けてからは妻が2泊3日で仕事へ出たため、義理の父母などのサポートや来客はありましたが、父と子で過ごす三ヶ日となりました。

かつては年賀状で旧知の友人の近況を確かめていたように(我が家はわずかにやり取りが残っていますが)、今ではもっぱらSNSで最近の様子を久しぶりに知る機会も多いですね。

自己投資できてるか?

そして、思うんです。自分自身の時間を確保して自己投資ができてないなぁと。

日中は同時に子どもたち3人が昼寝してくれることもなく、夜3人が寝入るのも21時半頃。洗い物、汚れ物を片付ければ22時もすぐ。翌朝は6時前後には子どもたちが起きてくるので、先手で行くには自分の身支度を終わらせて子どもたちの身支度や食事の準備が必要なので、5時半には起床する必要がある。

そうすると自身の睡眠時間も含めて7時間半ほどの時間しかない残されていないんですよね。

さらに夜泣きでその時間が予告なしにぶつ切りにされる。

こうした乳幼児を子育て中の女性では当たり前の可処分時間の少なさや「やりたいこと」の我慢や諦め、計画的に起床時間すらコントロールできない気力勝負な生活をやっと感じれるようになったのは、今日この頃になってからです。

なぜなら、長男の時は妊娠をきっかけに退職して無職の妻、次男三男のときは時短と育休の妻(同一の妻ですよ…)に助けられ、何なら三男の育休中に選挙に立候補するという家族に大きな負担のかかることを許容してもらうなど、妻の支えによって自分の自由な時間を確保していたからです。

子どもと遊ぶ時間はコストか宝か?

子どもたちと過ごすのは楽しさや愛おしさを感じることも多く大事な時間だし、没頭することだってあります。その一瞬一瞬が人生そのものだし、人生を豊かにしてくれている要素に違いありません。

庭に植物を植えれば水遣りや剪定が必要になるように、子どもたちも勝手に育つわけではありません。寧ろ手がかかるからこそ愛情が生まれる側面もあります。

そんなわけで時間か宝かなんて馬鹿げた問いは忘れて、子どもたちと同じように没頭する毎日を送りたいなと思います。

2020年初めの所感として。

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