【視察報告】安藤忠雄氏設計「こども本の森 遠野」―文化復興と子どもの居場所から横浜市が学ぶこと

こんにちは。柏原すぐる(横浜市会議員・鶴見区選出)です。

以下、視察報告です。常任委員会としての正式な報告書は別途作成されますので、個人的なものです。

令和8年7月14日、横浜市会まちづくり常任委員会の行政視察として、岩手県遠野市の「こども本の森 遠野」を訪問しました。

今回の視察テーマは、「こども本の森構想推進事業」についてです。

「こども本の森 遠野」は、単に子ども向けの本を集めた施設ではありません。

東日本大震災からの文化復興、遠野市に受け継がれてきた歴史や物語、子どもの居場所づくり、中心市街地の活性化など、さまざまな要素を「本」を通じて結び付ける文化施設です。

また、今回の視察では、施設そのものの魅力だけでなく、遠野市に暮らす子どもたちが、日常生活の中でどのように本に触れ、図書へアクセスできる環境を確保しているのかという点についても、大きな関心を持って伺いました。

視察の情報は公式サイトに詳しく掲載されています。

https://kodomohonnomori-tono.com

中の様子は簡単に動画で簡単にまとめてみました。

視察資料一式はこちら

安藤忠雄氏が設計し、遠野市へ寄贈

「こども本の森 遠野」は、建築家の安藤忠雄氏が設計し、建物を遠野市へ寄贈した施設です。

令和3年7月25日に開館し、東日本大震災からの文化復興を象徴する施設として位置付けられています。

施設のコンセプトは、

「本とふるさと 未来へつなぐ 文化復興拠点」

です。

震災からの復旧・復興というと、道路、住宅、公共施設などの社会基盤を再建することが、まず思い浮かびます。

しかし、地域が本当の意味で復興していくためには、地域の歴史や文化、そこで暮らす人々の記憶を守り、次の世代へつないでいくことも欠かせません。

子どもたちが本と出会い、地域について知り、自分たちの未来を考える場所をつくることが、長期的な文化復興につながるという考えが、この施設の根底にあります。

東日本大震災で遠野市が担った役割

遠野市は岩手県の内陸部に位置し、沿岸部と内陸部を結ぶ地理的な条件から、東日本大震災の発災後には、被災した沿岸地域を支える後方支援拠点として大きな役割を果たしました。

自衛隊、警察、消防、医療関係者、ボランティアなどの受入れに加え、支援物資の集積や配送、炊き出しなどが行われました。

さらに、被災した文化財や地域資料を救出し、洗浄や修復を行う「文化財レスキュー」にも取り組んでいます。

全国から本や募金を募り、沿岸部の被災地域へ多くの本を届ける献本活動も実施されました。

こうした活動を重ねる中で、遠野市では、震災からの復旧を進めるだけでなく、地域文化を守り、未来へ引き継ぐ文化復興の重要性が強く認識されるようになりました。

「こども本の森 遠野」は、こうした遠野市の震災後の歩みの延長線上に誕生した施設です。

旧三田屋の記憶を受け継ぐ建築

施設が建つ場所には、かつて「旧三田屋」と呼ばれる町家がありました。

旧三田屋は、明治33年、1900年に建てられた呉服店で、閉店後も地域住民の集会やイベント、ワークショップなどに使用されてきました。

地域の人々にとって、長く親しまれてきた交流の場所でもあります。

現在の施設は、旧三田屋をそのまま保存したものではありませんが、創建当時の外観を再現するとともに、解体した建物の梁や柱の一部が再利用されています。

新しい施設を整備しながらも、以前の建物が持っていた記憶や、地域の景観とのつながりを残しています。

館内には本を読む空間だけでなく、畳敷きの「みんなのへや」や、飲食、イベント、ワークショップなどに使うことができる「いちの蔵」も設けられています。

本を読むという一つの目的だけに限定せず、子どもや保護者、地域の人々が集まり、多様な活動ができる余白を持った施設となっています。

視察時の説明はこの蔵で行われました。

外観の様子

図書館ではなく、読書文化を育てる文化施設

「こども本の森 遠野」は、図書館法に基づく一般的な公共図書館ではありません。

入館は無料で、子どもだけでなく大人も利用できますが、本の館外貸出しは行っていません。

そのため、市民に対する本の貸出しや予約、調査相談といった通常の図書館サービスを担う施設ではありません。

ここで重視されているのは、本を借りて持ち帰ることよりも、施設の中で本と出会い、ゆっくりと向き合い、自由な時間を過ごすことです。

子どもが一人で静かに本を読むことも、親子で一緒に本を眺めることもできます。

普段は本をあまり読まない子どもが、建築や空間への興味から施設に入り、偶然目にした一冊を手に取ることもあります。

本を目的に来る子どもだけではなく、さまざまな関心を持った子どもを自然に本の世界へ招き入れる仕掛けが、施設全体に設けられています。

本を「探す」のではなく、本と「出会う」空間

館内の本は、一般的な図書館のように、文学、歴史、自然科学などの分類だけで並べられているわけではありません。

絵本、児童文学、図鑑、写真集、アートブック、海外の本などが、子どもたちの関心に近い13のテーマに沿って配置されています。

テーマには、次のようなものがあります。

・遠野と東北
・自然とあそぼう
・体をうごかす
・動物が好きな人へ
・まいにち
・食べる

例えば、スポーツが好きな子どもであれば、競技の本や選手の物語から読書に入ることができます。

動物が好きな子どもは、図鑑、写真集、物語など、異なる種類の本へ関心を広げることができます。

年齢や教科の分類から本を選ばせるのではなく、子どもの「好き」「知りたい」「面白そう」という気持ちを入口に、本の世界を広げていく構成です。

また、子どもの目線に近い高さにも本が置かれ、自分で気になった本を手に取りやすくなっています。

一方で、高い位置に並べられた本は、空間そのものをつくる役割も果たしています。

本を読むためだけの部屋ではなく、本に囲まれた空間を歩き、眺め、思いがけない一冊に出会う場所となっていることが印象的でした。

こども本の森遠野のキャラクター

全国から寄せられた本でつくられた「本の森」

開館準備に当たっては、全国から本の寄贈が募られ、約1万8,000冊の本が寄せられました。

行政が一方的に本を選び、施設を整備したのではなく、多くの市民や支援者の思いが集まり、現在の「本の森」がつくられています。

施設の運営についても、個人や団体からの寄附、ふるさと納税、企業版ふるさと納税などにより、全て寄付で賄われています。

こうした点は簡単にまねが開館後も本を更新し、イベントやワークショップを実施し、子どもたちを迎える人材を確保し、建物を維持していく必要があります。

どれだけ魅力的な施設であっても、継続的な運営や活動がなければ、地域に根付いた場所にはなりません。

行政だけでなく、市民、企業、専門家、全国の支援者が関わりながら施設を育てていく仕組みは、公共施設の持続可能な運営を考えるうえでも参考になります。

『遠野物語』を未来へつなぐ

遠野市の文化を語るうえで欠かせないのが、『遠野物語』です。

『遠野物語』は、遠野出身の佐々木喜善が語った遠野地方の伝説や昔話を、柳田國男がまとめ、明治43年、1910年に刊行した書物です。

河童、座敷わらし、山男、神隠し、オシラサマなどの伝承だけでなく、当時の人々の暮らし、自然への畏れ、信仰、家族や集落の関係などが記録されています。

日本の民俗学の原点とも評価される作品ですが、遠野市にとっては、過去の資料として保存するだけの存在ではありません。

地域の風景、暮らし、文化、語り継がれてきた記憶を、現在のまちづくりや教育、観光へつなげる重要な文化資産となっています。

館内の「遠野と東北」のテーマでは、『遠野物語』をはじめ、遠野の歴史、民俗学、妖怪、東北の文化や習慣、東日本大震災の記録などに関する本が配置されています。

子どもたちが地域文化を一方的に教えられるのではなく、本を手に取り、自分の関心から遠野の歴史や物語に触れることができます。

地域文化を保存するだけではなく、子どもたちが新たな視点で受け取り、次の世代へつないでいく。

「こども本の森 遠野」は、そのための文化的な入口としての役割を果たしています。

子どもたちの本へのアクセスをどう保障するか

今回の視察で重要だと感じたのは、「こども本の森 遠野」の魅力だけを見るのではなく、遠野市全体として、子どもたちが日常的に本に触れられる環境をどのように支えているかという点です。

「こども本の森 遠野」は図書館ではないため、本の館外貸出しを行っていません。

その一方で、遠野市立図書館や学校図書館、移動図書館などが、日常的な本の貸出しや図書サービスを担っています。

つまり、通常の図書館サービスによって、読みたい本を借り、身近な場所で読める環境を確保しながら、「こども本の森 遠野」では、本との新たな出会いや、滞在、体験、地域文化との接点をつくっています。

日常的な読書環境を支える図書館と、本の世界を広げる文化施設が、それぞれ異なる役割を持っているということです。

特に遠野市は市域が広く、住んでいる地域によっては、中心部の施設まで距離があります。

そのため、魅力的な拠点施設をつくるだけでなく、学校や地域、移動図書館などを通じて、子どもたちの本へのアクセスをどのように保障するかが重要になります。

一つの象徴的な施設ですべてを完結させるのではなく、既存の図書館サービスや学校教育と組み合わせ、市全体として子どもの読書環境を支えるという考え方が必要です。

遠野市と横浜市の違いを踏まえて

遠野市と横浜市では、人口、面積、交通環境、地域コミュニティーの構造が大きく異なります。

横浜市には中央図書館と各区の地域図書館があり、本の貸出し、予約、調査相談、電子書籍など、大都市としての幅広い図書館サービスを提供しています。

一方で、横浜市は人口規模が大きく、一つの図書館が担う人口も多いため、図書館までの距離や開館時間、学校図書館との連携など、子どもたちが日常的に本へアクセスするうえでの課題もあります。

そのため、「こども本の森 遠野」と同じ施設を横浜市に造ることが、そのまま答えになるわけではありません。

今回学ぶべきなのは、建物の形や規模ではなく、次のような考え方です。

・子どもが安心して滞在できる空間をつくること

・子どもの興味や好奇心を入口に、本と出会えるようにすること

・地域の歴史や文化を、次世代の学びへつなげること

・図書館、学校図書館、文化施設、地域活動を連携させること

・本を借りるためのアクセスと、本を好きになるための体験の両方を保障すること

・施設整備だけでなく、開館後の運営や人材を重視すること

横浜市には、開港の歴史、旧東海道、外国人居留地、震災や戦災からの復興、港湾や臨海部の産業、地域ごとの祭りや伝統、歴史的建造物など、多様な文化資源があります。

鶴見区にも、旧東海道、生麦事件、總持寺、沖縄や南米とのつながり、臨海部の産業、地域の祭りなど、多くの物語があります。

こうした地域固有の文化を、本、教育、子どもの居場所、地域活動とどのように結び付けるか。

地域の歴史を大人が説明するだけではなく、子どもたち自身が本や体験を通じて知り、自分なりの関心を持てる仕組みが必要だと感じました。

視察を終えて―柏原すぐるの所感

今回の視察を通じて改めて感じたのは、公共施設に求められるのは、単に行政サービスを提供する機能だけではなく、そこを訪れた人がどのように過ごし、何と出会い、どのような関心やつながりを育んでいくのかという、体験全体を考える視点です。

「こども本の森 遠野」は、安藤忠雄氏から建物の寄贈を受けて実現したという特殊性があり、都市規模や財政状況も大きく異なるため、そのまま横浜市に当てはめることは難しいと承知しています。一方で、子どもが自然に本と出会い、地域の文化に触れ、安心して時間を過ごせる環境をどのようにつくるかという点では、横浜市にとっても多くのヒントを与えてくれる施設でした。

横浜市においては、新たな象徴的施設を整備することだけを考えるのではなく、既存の図書館、学校図書館、公共施設、地域団体などをつなぎながら、家庭環境や居住地域にかかわらず、子どもたちが本に触れ、関心を広げられる環境をつくっていくことが重要です。

限られた財源の中で公共施設の適正化を進める必要があるからこそ、床面積や利用人数だけでは測ることのできない価値にも目を向け、そこで生まれる時間や体験が子どもたちの未来にどうつながるのかを考えていかなければなりません。「こども本の森 遠野」は、私たちがこれから目指すべき公共施設や子どもの読書環境のあり方について、一つの示唆を与えてくれたと感じています。

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最後までご覧いただきありがとうございました。

日本維新の会横浜市会議員団・無所属の会

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